第11回東京国際映画祭


ティーチイン

『超級公民』


参加者(敬称略)

ゲスト●萬仁(監督)、蔡振南(主演)
司会●森岡道夫
通訳●小坂史子(北京語-日本語)、三谷(日本語-英語)


■観客1(質問1)(日本語):陸橋のシーンで、それまで喋らなかった馬勒(張震嶽)が突然喋り出したのはどうしてか。
◆萬仁(北京語):主人公の阿徳(蔡振南)はいつも心がさまよっていて、死について考えているが、思い切って死ぬこともできない人物である。それに対して、馬勒はまだ若くて死にたくなかったが、思いがけず死んでしまった人物である。その二人を対照させて登場させたので、そういう感じがしたのではないか。
◆(質問者が聞きたいことと少しずれているのではいう小坂さんの指摘により、再度回答)この映画を幽霊映画として撮るつもりはなく、幽霊であっても人間と同じように描きたかった。人間だったら突然喋りだしてもおかしくないのではないか。

■観客1(質問2):阿徳の部屋の時計が止まっている時間(6時5分)は、おじいさんが亡くなった時間だと思うが、子供が死んだ時間、阿徳自身が死んだ時間も同じなのではないかと推測してしまうが。
◆萬仁:6時5分というのは、阿徳がおじいさんが死んだ時間として記憶しているものである。子供や阿徳が死んだ時間ではない。
◆この映画で描きたかったもののひとつは人間の死である。死という視点から見ると、生きるということは、死に向かっているということでもあるし、死からの逃避であるともいえる。つまり、生と死とは隣り合わせである。死のイメージは時間と密接な関わりがあると思い、あの時計を出した。要するに、あの止まった時計は、阿徳にとっての死の象徴である。時計のシーンで皆さんが死というものを感じてくれたとしたら、映画の中でうまく話ができたといえる。

■観客1(質問3):この映画では虚無感や閉塞感が感じられ、それは台灣語や先住民の言語が多用されているところから来るように思われるのだが。
◆萬仁:この映画では、台湾語、国語(北京語)、パイワン族の言葉が使われている。これは、台湾社会の言語のリアリティを表現しようとしたものである。
◆虚無的ということについていえば、死をテーマとして扱ったつもりなので、虚無ということは意識している。この映画では、死を台湾社会と関わりをもって撮る、つまり死というふつうとは異なる角度から台湾社会を撮りたいと思った。

■司会(日本語):このような監督の意図をどんな気持ちで演じたか。
◆蔡振南(北京語):(困惑して)その質問に答えられるようなら自分が監督をやっている。

■観客2(質問1)(日本語):台湾の先住民族を取り上げた映画は初めて観た。今これを取り上げることの、台湾における社会、政治上の意味は何か。
◆萬仁:映画を通して台湾社会を見ていきたいと考えている。特に、社会運動をしている人や先住民族といった、社会の周縁部にいる人たちを描きたかった。先住民族についていえば、観光客の前で民族舞踊を披露するといったイメージばかりで、彼らが社会の中でどういう状況にあるのか、そして特に先住民族の若い人たちが自分たちの置かれている状況をどのように考えているのかには注意が向けられていない。このようなことから、彼らを主人公にした。
◆また、先住民族の死に対する考え方は、天国と地獄があるというのとは違い、死んだら先に死んだ人たちとまた一緒になれてとても楽しいというようなものである。このような死に対する理解の仕方もこの映画の中で見せたいと思った。

■観客2(質問2):映画に出てくる美しい山はどこか。また、ドアに市長室と書かれた廃屋のシーンはどこで撮影されたものか。
◆萬仁:まず廃屋の方は、台北市内にあるかつての市庁舎である。日本の植民地時代に国民学校として建てられ、後に市庁舎として使われていた。前の作品でも、ここの廊下を使っている。
◆山は、台湾中部にある和歓山という山である。とても有名なところだが、できるだけどこだかわからないように撮ったので、台湾の人にもどこかとよく聞かれた。

■観客2(質問3):照明が自然で自然光のように感じられた。製作上の工夫について教えてほしい。
◆萬仁:今年の1月から2月に撮ったが、この頃はよく雨が降っていた。雨が降っていても降っていなくても撮れる光量にした結果がこれである。自然に感じてもらえたようだが、もちろん全部が自然光ではない。雨も、肝心の時に降らないことがあったので、一部雨降らしをしているシーンもある。

■観客3(英語):この映画は、若い人を政治的な運動に呼び起こすのに成功していると思うか。
◆萬仁:この映画はまだ台湾で上映していないので、台湾における影響は今のところない。ヴェネチア国際映画祭で上映しているが、観客と話す機会はなかったので反応はわからない。
◆台湾社会の中には、外省人と内省人とか先住民族とかいったもの以外に、異なるジェネレーション間のコミュニケーションの問題が存在する。自分がこの映画を撮った意図は、社会への影響ということよりも、中年である自分が中年の主人公(阿徳)の気持ちを借りて、若い人とどのくらいコミュニケーションがとれるのかを描きたいと思った。この映画は、異なるジェネレーション間のコミュニケーションのひとつの状況の提示である。

映画人は語る1998年11月1日ドゥ・マゴで逢いましょう'98
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作成日:1998年11月2日(月)
更新日:2004年12月11日(土)