TOKYO FILMeX 2005

『バッシング』舞台挨拶・Q&A

開催日 2005年11月20日(日)
会場 有楽町朝日ホール
ゲスト(舞台挨拶) 小林政広(監督)
占部房子、本多菊次朗、
加藤隆之、香川照之
(出演者)
ゲスト(Q&A) 小林政広(監督)
司会 市山尚三(舞台挨拶)
林加奈子(Q&A)
日本語-英語通訳 藤岡朝子


舞台挨拶

小林政広(日本語):今日はお忙しいところ作品を観に来ていただきまして本当にありがとうございます。広島の方とか夜行バスで観に来ていただいた人もいらっしゃるようで、本当にありがとうございます。映画ですから、うそっこですから、楽しんでいってもらえればいいんじゃないかと思います。

占部房子(日本語):みなさん、こんにちは。占部房子と申します。今日はみなさんに観てもらえると思うと本当に嬉しいです。ごゆっくりご覧ください。ありがとうございます。

加藤隆之(日本語):どうも、加藤です。こんな大切な日にちょっと風邪をひいてしまいまして鼻声なんですが、申し訳ありません。鼻声の僕が何を言ってもみなさん聞き取りづらいと思うので、とりあえず映画を観終わってみなさんにいろんなことを考えていただけたらいいなと思います。今日はありがとうございました。

本多菊次朗(日本語):本多菊次朗と申します。よろしくお願いします。今回も、北海道で、本当に少人数で撮った映画なんですが、1週間くらいでできるのかなと思いつつも、ものすごい監督のパワーにひきつけられた1週間でした。ちょうど1年くらい前なんですが、密度の濃い時間を過ごすことができました。そして今日こうやって初めて日本で上映することができて、本当に私も嬉しく思っています。どうもありがとうございました。

香川照之(日本語):香川照之です。こんにちは。海外の方も来られてご覧になっているので、小林政広監督というとどうしても僕は言っておきたいことがあります。小林監督は毎年冬になると映画を必ず1本撮る、そしてそれを夏のカンヌ映画祭に持っていくというサイクルをもう何年続けていますかね…。もうずっと続けておられて、冬に生まれ夏にそれを収穫するという監督です。カンヌの空の下で、本当に寒々しい画をずっと撮り続けてきて、そのアンバランスが僕はとても好きなんですが、今年四度目のカンヌで初めて、この『バッシング』で赤絨毯をふまれて、僕は日本からその画を見ていたんですが、ジャン=リュック・ゴダールみたいに見えて、僕は「あぁ、いいな。小林さんいいな。赤い絨毯だ」と思いながら見ていました。僕は、小林さんというのは日本のアキ・カウリスマキ監督だと思っています。本当に寒い画を今後もずっと撮り続けていってほしいと思います。そしてこの占部房子さんという女優さんは、日本のジュリエット・ビノシュだと僕はずっと思っています。アキ・カウリスマキがジュリエット・ビノシュで撮ったこの『バッシング』をぜひ楽しんでください。

Q&A

司会(日本語):東京フィルメックスの公式サイトのために監督に事前にインタビューさせていただいて、お話を伺ったことがあったんですけれども、それもまた詳しくお読みいただければと思います。そのときに監督から、今回の『バッシング』は、今までのすごく画づくりにこだわっていた作り方から、逆にスタッフも5、6人に絞って、スタイルを意識的に変えてドラマを描いていくことに集中したと伺いました。どんどん掘り起こしていってその中で集中を密にしていこうというような演出の力を、私は感じ取らせていただいたのですけれども。

小林政広:そうですね。何度か作ってみて、脚本も自分で書いて監督してというふうになると、限界を感じるというか、基本的には最初に脚本があって、最終的に役者さんが演じて、それでだいたいもう決まりだなというか、どのくらい役に合った役者さんをキャスティングできるかで、もう80%は終わっているなと思うんですね。だからあと20%をどうするかなんですけれど、そこで今まではがんばって自分がイメージした画づくりというか、それをやっていって、自分で言うわけですよ、ここからここまでこういうふうに撮ってほしいって。役者さんにこういうふうに演じてほしいとか言うんですけれども、言っている先からつまんなくなっちゃうんじゃないかなと。そういう不安というか、駄目にしていっているんじゃないかというのがすごくあって、今回は、もちろん役者さんにこうやってほしいということは言いましたけれども、なるべくつながるようにというか、そういうふうにしたんですけれど。

司会:今回本当にチャレンジがすばらしい結果を生んで、『バッシング』というのを拝見させていただけたわけなんですけれども、みなさんはいかがでしたでしょうか。

観客1(日本語):こんにちは。カンヌ映画祭に映画が出されたときからずっと拝見したかったので、今日はたいへん興味深く観させていただきました。主人公の有子さんのキャラクターが、かなり激しくすさんだキャラクターになっていました。観ているときには、バッシングがあまりにひどいのでだんだんこういうすさんだ性格になってきてしまったのかと思っていたら、途中からどうももともとこういう女性なんだということがだんだんわかってくるというストーリーになっています。そういう性格にすることで、彼女がボランティアで海外へ行くわけですが、それがボランティアというより現実逃避みたいに見えてしまうんですね。なぜそういう性格の女性に設定されたのかという監督の意図を詳しくお伺いしたいです。

小林政広:こういう話というのはすごく難しいんですよね。どう作るかっていうのが。団体からお金をもらって作れば、有子さんというのはいい人で、いい人なのになんでみんなからバッシングされなければならないのかという作り方もできると思うんです。それから別の片方の団体からお金をもらって作れば、本当に悪いやつだというふうにも作れると思うんですよ。だから意図のないところで、ふつうの、僕の思うあたりまえのそこらへんにいる女の子、どっちにも偏らない女の子にしようと。すごく素敵な女の子でもないし、かといってとんでもない女の子でもないし、というふつうの女の子にしようかなと。欠点もあるし、いいところもある、そういうふうに考えたんです。

観客2(日本語):たぶん監督の作品を初めて観たと思うんですけれども、この作品を観て海外の方がどう思ったのか、監督がカンヌに出たときの印象をお伺いしたいと思います。私が観た感じですと、とても日本的だと思うんですね。ちょっと差別用語になってしまうかもしれないんですが、昔ですと部落差別とかがあって、最近は個人差別になったような、日本的な感じがとてもするんですけれど、監督はこれを持って行って、海外ではどんな感じだったのでしょうか。

小林政広:カンヌでプレス試写があって、ものすごくたくさんのインタビューがあったんですけれど、だいたい聞かれることは同じことで、あの映画のどこからが本当のことで、どこからがフィクションなんだと。「映画で描かれているのは全部フィクションです。イラクで人質になった人が帰ってきて、日本でバッシングにあったというのは本当のことです」と言ったんですけれど、「どうして帰ってきた人がバッシングにあうのかがわからない。それはどうしてなんだ」と説明を求められまして、何と言っていいかわからないんですよね。日本人のメンタリティみたいな問題なのかなとも思うし。この前同志社で学生さんたちだけでちょっとやったんですけれども、そのときの学生さんはマスコミの勉強をしている人たちで、そこの先生にアメリカ人の講師の人もいて、その人が、「アメリカでも実際そういうことって起こっている。日本よりもひょっとしたらもっとひどいかもしれない」と言っていましたね。だからやっぱり戦争をしかけた国ですから、アメリカと日本と、日本も応援しているわけで、そういう国のことなんじゃないですかね、と思うんですけれど。そういう質問しかなかったですね。映画に関しての質問というのはあまりなかったです。ちょっと寂しいんですけれど。

司会:監督は本当に謙虚にそういう言い方をされまして、実際ジャーナリズムの人たちはそういうインタビューが多かったのかもしれませんけれども、私も、日本映画なのにカンヌまで行かないと拝見できない矛盾を抱えながらカンヌの公式上映で拝見させていただきましたけれども、すごく暖かい拍手が上映のあとにわぁーと広がりました。私の知っている関係の外国人の方たちは、すごく深く中に響いていっているような印象を私は受けさせていただいた記憶があります。
◆実際カンヌのあとも、この映画はほかの映画祭に招待されたりという形で広がっていっていますよね。私の知る限りでは、バンクーバーは監督もいらっしゃいましたか。

小林政広:僕は行っていないです。

司会:でも『バッシング』は出ていらっしゃいましたよね。そのほかもありましたでしょうか。いくつか予定されている…。

小林政広:ハンブルグとか、サンパウロとか…。

司会:そうですよね。そういう形で波紋が広がっているような状況です。

観客3(日本語):最初、同居している家族の関係が、主人公のお兄さんとそのお嫁さんだと思っていたんですけれども、実はお父さん、お母さんと娘という関係だったということに途中で気がつきました。これは私が迂闊だったせいかもしれないんですけれども、私からすると大塚寧々さんは非常に美しくて、若くて、お姉さんくらいの年頃かと思い込んでしまったんです。もうちょっとお父さん、お母さん然とした人を使わなかったキャスティングの意図を教えていただければと思います。すいません、変な質問で。

小林政広:田中さんはもう50前後で、いいんじゃないですかね。主人公は、彼女が実際はいくつだか知っていますが言わないですが、映画の設定は25歳なんで別に問題ないと思います。大塚さんの演ったのは後妻ですから、35、6という設定で、成立していると思うんですけれど。

観客4(日本語):なぜかはわからないんですけれど、おでんを買うシーンがたくさん出てきましたよね。しかもすごく変わった買い方で、容器を分けてどれも汁をたっぷり入れてというので、映画を観ているうちにその理由がわかってくるんだろうなと思っていたら、最後まで全然わからなかったので、その理由を聞きたいです。あともうひとつ、最後にイラクに旅立つところで大塚寧々さんの演じるお母さんが、「初めてお母さんと呼んでくれたね」とか言う台詞があったと思うんですけれど、僕の記憶だとその前に「お母さん」と呼びかけるシーンがあったような気がするんです。もし僕の記憶違いだとすると、今まで大塚寧々さんのことを何て呼んでいたのかそれを伺いたい、その二つです。

小林政広:おでん、ね。僕もずっとそういう食べ方をしているんです。ああいうふうに具合悪くなって、みんなからいじめられたりすると、寝られないんですよ。それであまり外にも出ないと喉が渇くでしょ。そうすると汁をたくさん飲みたくなるんです。あまり食べたくないし、おつゆをたくさん入れてもらって、よく買いに行っていたんです。そういうので、ああいう状況になったらそういうことをするだろうなと、勝手な想像です。
◆それと、お母さん。「お母さん」と前にも言っていたというのは、僕はあまり憶えていないんですけれど、同じ日に言っているんですね、それは。仕度する前のあそこは時間経過があるんですけれど、その前の日に二回くらい言っていますけれども、それまでは言っていないです。名前で呼んでいたというふうに…。名前で呼んでいないですけれども、演技では。名前で呼んでいたんだろうと思います。

観客4:ちなみにどういう名前なんですか。

小林政広:役名がありますからね。何だっけな。さちこだったか…ちょっとわかりませんが。
◆おでんに関しては、僕もそうやっていた頃があったのと、そのあと佐野眞一さんという人が書いたノンフィクションで『東電OL殺人事件』というのがあって、その中で東電のOLの人が同じことをしていたんですよ。それで「あ、みんなこういうことをするんだ、追い込まれると」と思いました。

司会:この作品、今日みなさんご覧いただきましたけれども、日本での公開が実はまだ決まっておりません。今日劇場の方とか配給関係の業界の方も何人かいらっしゃっているかと思いますので、ぜひとも前向きにこのリアクションを検討していただいて、この作品の日本での公開に結びつくようなところで何か手を差し伸べていただければと思いますし、小林監督にはぜひとも作り続けていただきたいと思います。今日はこれで質疑応答を終わりますけれども、もう一度小林監督に拍手を。

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作成日:2005年12月15日(木)